2006年の貸金業法等の改正以前の多重債務事案では、利息制限法を無視した高金利の下、一人で数百万円の債務を抱え、生業がありながら生活が成り立たないというものが多かった。こうしたケースでは、適切な債務整理を行い多重債務から解放されれば、多重債務者が通常の生活に戻ることが期待できた。
これに対し、近年は、そもそも生活困窮やその背景にある課題が深刻で、債務を整理しただけでは、生活を再建できない事案が増えている。債務総額が100万円に満たなくても、破産以外に適切な解決策がないことも珍しくなくなっている。
多重債務から解放されたとしても、十分な収入が得られないままでは、生活の再建は不可能である。債務を整理するとともに、生活保護や障がい者手帳の取得など各種の社会保障施策の利用につなげたり、依存症の治療や成年後見制度の活用などによる支援体制を構築したりする取り組みが必要となっている。
ところが、最近、多重債務者の生活状況を十分に踏まえることなく、機械的に処理をする例がしばしばみられる。
中には、依頼者本人と面談すらしなかったり、形式的に短時間の面談で済ませたりするケースもある。多重債務者の抱える困難はひとりひとり違うものであり、生活再建に資する債務整理を行うためには、最初の聴き取りが重要である。面談を全くしないのは、「債務整理事件処理の規律を定める規程」(日弁連)、「債務整理事件の処理に関する指針」(日司連)に明確に違反するし、不十分な聞き取りしか行わないのも、誠実に職務を遂行すべき職業倫理に反すると言わざるを得ない。
また、破産や民事再生を選択すべきであるにもかかわらず、本人の返済能力を無視して任意整理を選択し、結局頓挫することも珍しくない。債務の全体像を把握せずに一部の債務についてのみ債権者と和解するなど、問題全体の解決にならない処理も見受けられる。中には、任意整理の全国統一基準に準拠せず、完済までの将来利息を付するなど債務者に不利な和解を安易に行うケースや、弁護士報酬・司法書士報酬を分割払いで取得し、その支払いが滞ったとして辞任し、報酬を返還しないというケースもある。
債務の整理にとどまり、生活保護などの利用が必要であるのにその支援をしないため、債務者の生活困窮状態が放置される場合もある。受任する事件の範囲としては多重債務の解決であるとしても、債務者の生活再建の見通しも立てずに、機械的に多重債務のみを処理するということでは、債務者の利益に合致するものとはいえない。
我々は、あらためて、債務の整理が多重債務者の生活再建に資するものでなければならないことを確認し、以下の原則に基づいて職務を遂行することを宣言するとともに、多重債務事件を扱うすべての弁護士・司法書士が、この原則に基づいて真摯に職務を遂行するよう求めるものである。
1 多重債務の当事者から、ていねいな聞き取りを行い、本人のニーズを適切に把握すること
2 任意整理、民事再生、破産といった多重債務解決の手段は、多重債務者の生活再建の目的に合致するものを選択し、任意整理を選択する場合には、将来利息を付さない「任意整理の全国統一基準」(2000(平成 12)年 6 月 3 日 日弁連公設事務所法律センター・日弁連消費者問題対策委員会申し合わせ)、「司法書士による任意整理の統一基準」(2004年(平成16年)6月25日 日司連総会決議)を遵守するなど、債務者の返済能力を踏まえた返済計画とすること
3 多重債務者の生活再建のために必要な場合には、生活保護の申請、各種補助金の活用、障害年金の裁定請求、成年後見制度の申立て、障がい者手帳の取得や依存症治療の助言など、適切な支援を併せて行うこと
2024(令和6) 年1月13日
全国クレサラ・生活再建問題対策協議会総会